春待ち空

 
 クリスマスの翌日には温暖な雨が降りしきり、この冬はどうやら久方ぶりの暖冬らしいねと言っていた矢先、今度は打って変わっての冷たい雨がしぶいた、寒い寒い年の瀬が明けて。

  「やぁっと暖かいお日和になってくれて助かったわ♪」

 各地各人さまざまに、お目出度い三が日も過ぎゆきて。御用始めに仕事初めと、大人たちは渋々ながらも“日常”へと戻ってゆくのを見送りし和子らの方は、まだまだ“冬休み”の真っ最中。ハッピーマンデーとやらで成人の日が月曜へとずれ込んで、すぐにも三連休がやっては来るが、帰省疲れや失費の関係から、あらためての行楽を構えるお家は少なかろう。そこでと、ご町内のお子様がたを集めての、お正月のお楽しみ会が催されることになっているのだとかで。
「それでなくとも此処いらじゃあ、古くからのお付き合いじゃしきたりじゃが、根強く残っているからね。」
 旧家の多い土地柄だからか、氏子同士の結束が関わるような、古くからの行事の多い盆や正月に、海外旅行や温泉なんてものへ家族総出で出掛けてしまうお家は、まだまだなかなか少ないのだとか。そうと言う彼女からしても、Q街の旅行代理店に勤めていながら、この時期のご近所様への営業はやっても無駄だと決めてかかっておいでであったりし、
「まあ子供会の集まりは、それほど歴史があるってもんでもないのだけれど。」
 体の前へ両手で抱えた大きめの段ボール箱を、時々よいしょっと揺すり上げながら、そんなご説明をして下さるのは。お久し振りのご登場、進家の長女にして此処の道場の次期師範、たまきお姉様でございまし。そんな彼女へ、
「それでも毎年恒例なんですよね?」
 いいなあ、こういうのvvと、自分のご町内では設けられてない集まりへ、羨ましそうなお声を上げたお連れさん。まだ“少年”と呼んでも差し障りはなかろう、小柄で童顔の男の子だが、
「そうよねぇvv セナくん、最初っからご近所さんだったら良かったのにvv」
 いくら何でも今からでは“子供会”に混ざるわけにも行かないわよねぇと、あっけらかんと笑った たまきさんへ、あははは…と少々遠慮気味な笑みを返したのが。こちらさんとも結構な長さ深さのお付き合いになって来た、小早川瀬那くんといい。これでも年末に二十歳のお誕生日を迎えた、歴とした大学二回生なのに、それを捕まえて“子供会”もなかろうと、周囲に居合わせた、これもセナくんとはすっかり顔なじみの門弟さんたちが、ついついの苦笑を洩らしてしまったほどだが。でもでも、実のところ、彼を指してそんなお言いようが出てしまうのも、まま判らないではない。撫でつけるでない柔らかな黒髪は、光の加減で甘い色合いに温められてふかふかと躍り。そんな子供っぽい髪形なままな頭を乗っけたお顔がまた、頬骨も立たぬ、するりとした優しい拵えの、童女のような顔容
かんばせで。潤みの強い大きな瞳に、柔らかそうな小鼻。口元から小ぶりな顎へ連なる線の繊細さが、おとがいの線ごとするすると溶け込む、首元の白さと細さ…と来て、

  “あの清ちゃんと1つしか違わないなんて、未だに信じられないものねぇ。”

 いや、そんな極端な人と比べられても。
(苦笑) その“清ちゃん”こと、たまきさんの本当の弟さんの清十郎さんは何処にいるのかと言えば、
「そっちは捗ってる〜〜〜?」
 彼らが辿り着いた先。母屋の後ろ、中庭を挟んだ奥向きに建つ、相当にご立派な道場…の傍らに建てられた、着替えやちょっとしたミーティングなどに使っている、控えの棟の屋根の上に、セナにはドキドキする背中がいるのが見える。門弟さんたちだけでなく、ご近所の通いの生徒さんたちも抱えている道場なので、季節毎にはそんな子供たちのお楽しみ、様々なお題目をつけての集まりが催される。母屋の空き部屋を使ってもいいのだが、そうなると“お招き”にあたりはしないかと、親御さんが色々と気を遣ったりもなさるので。それでと建てられた、頑丈な講堂もどきの集会場なのだが、
「…。」
 足元からの声かけへ、屋根の上にて作業をしていた何人かが振り返った中、一人だけ顔さえ上げなかった背中があって。あらあらと、ちょっとばかしムッとしたらしき たまきさん、
「セナくん、あんな唐変木にはお弁当やんなくていいからね。」
「え?」
 二人掛かりで抱えて来たのは、お母様とたまきさんとで朝も早よから取り掛かっていた、お忙しい皆さんへのお弁当。帰省なさってる顔触れもあるので人手が微妙に足りてなく。恒例のそれだとはいえ、設営作業の一人当たりの仕事量もまた、自然と増しているのだとか。それを見越してのデリバリー、わざわざ抱えて来て差し上げて、切りのいいところで手が空いた人から食べて下さいませねという段取りとしたそれを、上げないんだからと振りかざしたその上で、
「この後、お台所も手伝ってもらうんだっけね。さあさ、とっとと行きましょ行きましょ。」
 聞こえよがしに言い放てば、知らん顔を決め込んでいた唯一の誰かさんがやっとのことで顔を上げ、こっちを見下ろして来た現金さよ。とはいえ、それも仕方がない。
「…小早川?」
 何でこんなところにいるのだと、微妙すぎて慣れのない人には判りにくいながら、怪訝そうなお顔をして見せた彼こそは、セナくんと直接のお知り合い、進清十郎さんその人であり。御対面するのはちょこっと久方ぶりとなる、精悍なお顔に見つめられ、
「あ、えっと…。」
 後ろめたいことでもないのにね。どうしてだろか、ちょっぴり言葉に詰まってしまう。だってやっぱり順番が違うというのはセナにも判る。清十郎さんを通してこその知己関係のはずだろに、その彼も知らぬ段取りの下、ちゃっかりとお邪魔してましただなんて、図々しいよねと、ついつい小さな肩がすぼまる。そんな二人のご対面に、すぐ傍で付き合ってた たまきさんが、
「…っ。あ、清ちゃんっ!」
 はっとして声を高めたが、時 既に遅く。彼が手にしていた、撤収中だったクリスマス用のイルミネーションの配線は、その華奢な作りが徒となり、そうならぬようにという気配りが逸れたその途端、それは景気良くもぶっつりと、見事に千切られていたのでありまして。

  「…華奢ったって、屋外用なんだから結構丈夫な筈なんですけれどもねぇ。」
  「まあ、清十郎さんの握力・膂力は半端じゃないから。」

 買った店に保証書突き付けて交換させるから構わないと、豪語したたまきさんだったことも こそり付け加えておく、ちょっとした騒動でございました。





            ◇



 クリスマス会で出したそのまま、雨が続いて屋根へ上がるのは危ないからと外せないままにあったイルミネーション。それをぶっつり引き千切るという、お約束の一騒ぎがあってのち。もうもうあんたって子はと、ちょっとばかりわざとらしい糾弾を浴びせかけた たまきさんに追い払われた格好にて、半ば逃げるように道場前の中庭から離れた清十郎さんとセナくんの二人連れ。
「あ、清ちゃん。」
 母屋の居室前の庭まで出て来たところでやっと立ち止まった清十郎さんへ、今度はその母屋からのお声がかかり、
「セナくんも、こっちへいらっしゃい。」
 朝早くから台所で忙しくなさっていたのに、きちんとお着物を着ての割烹着姿も端然とした、進家のお母様が縁側から手招きをする。何だろかと小首を傾げつつ、それでも相手が相手だ、警戒も何もあったものではないままに、招かれるまま歩みを運べば、
「ちょうどお昼時ですからね。お使いか、たまきちゃんとの鬼ごっこかは知りませんが、中断してご飯になさい。」
 にっこり笑って、差し出されたのが…折り詰め2つとお盆に乗っけたお茶の用意と。何だかちょっと、妙な間合いの妙な展開ではあったけれど、にこにこ笑っておいでのお母様には逆らえるはずもなく。
「…。」
 判りましたと頷いた清十郎さんが、どうぞと視線で促したのへと従って、先に濡れ縁へと腰を下ろしたセナくんへ、
「はい、おしぼりですよ?」
 まだ湯気の上がっている、暖かい蒸しタオルを差し出したお母様。恐縮しながら受け取れば、がさがさしていた段ボール箱の縁でこすれてた手には、ありがたい湿り気と暖かさが染みて来る。続いて腰掛けた清十郎さんへも同じようにとお絞りを手渡したお母様、手慣れた所作にてお茶を淹れつつ、
「本当にセナくんにはごめんなさいねぇ。たまきちゃんたら、どうあってもセナくんに逢いたいって聞かなくて。」
 相すみませぬと改めての謝辞を告げ、
「ほら、清ちゃんが合宿でいなかった折の、あれはクリスマスだったかしら。Q街でセナくんと歩いてたところを見た、とか言っててね。」
 おやおや。その合宿というのはもしかして。関東大学選手権の決勝戦、クラッシュボウルへ向けてのでしょか、それとも全国大会ライスボウルへ向けての以下同文でございましょうか。
「合宿中で清ちゃん自身も逢えなくて我慢してるっていうならともかくも、ちゃっかり逢ってたなんてズルイって。」
 それでの無理を言ってのお呼び出し。セナくんに清十郎さんの頭越しというお運びをいただいたのはそういう流れのことなのよと、今やっと息子へ伝えたお母様であり、
「えと、あの…。/////////
 相変わらずにモテモテですね、お嫁様。
(笑) セナくん自身にしてみても、随分と筋違いなことには違いない。そんな事情がやっと明らかにはなったれど、それでも何となく気が引けたままなのか。小さな肩をすくめているお友達へ、
「…。」
 さっきからあんまり和んだお顔はしていないままだった清十郎さん。俯いたまんまなセナくんを、さすがに見かねたか、すいと手を延べ、小さな顎をつかまえる。
「…あ。」
 何か言われるものかと思っていたらば、ごつりとした手にお顔を掬い上げられて、
「清ちゃん。」
 これ、いけませんと。お母様が無礼を叱るより前に、

  「…すまなかったな。俺が、怖かったのだろう?」

 耳へと届いたのは…深く響いた低めのお声。ざんばらな前髪の下、濃色の眸が真っ直ぐに見据えて来てもおり、謝るのにそれはなかろうと、誰しも思うような扱いだったにも関わらず、
「………。」
 すんと。小さく息を吸う気配がしてから、ふりふり、小さくかぶりを振ったセナくんが、自分のお顔に添えられた大きな手へ両手で触れて。
“ああ、ほら…。”
 いくら飲み込みのいいセナくんでも、それでは怖いに違いなかろと。それ以上 苛めるのはやめたげなさいと、諭そうとしたお母様が、

  “…え?”

 あらあらと、遅ればせながらに気がついたものがある。いつの間にやら、清十郎さんたら…小さく微笑ってはいませんか? そこへと続いたのが、

  「怒らせてしまったと思ったのだろう?」

 そんなことを訊くお兄さんへ、

  「…。」

 小さなセナくん、こくりと頷く。進さんが怖かったんじゃあない。その誤解をこそ解かなくちゃって思ってた。勝手をしてすみませんて、自分の口から言いたかった。手をつなぐでなく、袖を掴まれての取り急ぎの撤退中から、早く説明しなくっちゃってドキドキしてた。それへと、

  ――― 大丈夫って。

 すぐに、判ったよって言ってくれた進さんだったのが、怒ってないよって言ってくれた進さんが、優しいなぁって思ったから。それで却って、眸の奥とかが熱くなって来て、
「……。
(うっく)
 何でだろ、お鼻がツンとする。寒かったから、だから。進さんの手が暖かくって、それで。冷たいまんまだった何かが、ゆるゆるって溶け出したのかも?
「…。」
 ほらほら、泣くほどのことじゃあないと。そこまでを言ってあげられるほどにはまだ、スキルアップが足りてないらしいものの、動じることなく、やわらかな髪をそろそろと撫でて宥めてあげる清十郎さんであり。
“あらあら…vv
 無言のままのやりとりだったにも関わらず、
“いつもとは反対なのね。”
 さすがはそこまで読み取れたお母様が、ついつい擽ったくてと小さく微笑ってしまった、それは可愛らしい機微の応酬。ああ、こんな忙しい日でなかったならば、いつまでも傍らにいてじっくりと見守っててあげられるのにと。ちょいと本末転倒なことを思いつつ、お台所から門弟さんの呼ぶ声へ、名残り惜しげにお母様が立ち上がる。気がつけばこんなにも、心の尋が深く広くなっていた清十郎さんに、
“どうしよう…。”
 だったらボクは、何で敵うんだろうと。手のひらの暖かさへ陶然としつつも考えるセナくんだったりし。置いてかれないように頑張らなきゃと、この一年の抱負を決めたその切っ掛けが、まさかにこんな甘い出来事のせいだっただなんてことは。蛭魔さんにも言えない内緒………vv(当たり前です・笑)







  おまけ。


 集合時間が近づくにつれ、少子化問題なんてどこの国のお話?と言いたくなるほど、小さなお子様がたが続々と集まって来る。
「あ、清兄だっ!」
「小ちゃいお兄ちゃんもっ!」
 おチビさんたちにしてみれば、滅多に逢えない親戚筋のお兄さんみたいなものらしく、腕白どもは怖じけもしないでわいわいと寄って来る。進さんの雄々しくもがっつりと頼もしい体つきやら精悍な威容、背の高さなどなどが憧れだったりもするものか、ぱふんと抱きついたり、大きな手を取ってみたりと、やたらに懐いている様が、やっぱりセナには羨ましい限り。
“ボクなんて、怖がってばかりいたのにな。”
 そんなセナくんへも、
「アイシールドのお兄ちゃんだ。」
「知ってるか? このお兄ちゃん、凄げぇ足速いんだぜ?」
「清兄ちゃんより速いかも。」
 そんなの知ってらぁと、こちらのご町内でもなかなかの知名度なセナくんであるらしく。そして、

  「………え?」

 子供らが寄ってたかり出したその小さな躯が、突然のこと、ふわりと宙へ浮いてしまった。ただ抱えただけとは言いがたい、バスケットのフリースローシュートもかくやとばかりの、自分の頭上へ高々と、セナくんを抱え上げてしまった清十郎さんに、
「わ〜、凄げぇっ!」
「清兄ちゃん、力持ちっ!」
 周囲のお子たちが騒然としたものの、
「…あの、進さん?」
 いきなりのこの仕打ちには、セナもまた真意が掴めず。まさか、自分より足が速いと持て囃されてたのへムッとしたのかなぁなんて、
“そんな大人げないことする人じゃあないって。”
 思った端から自分でダメ出ししたのだが。真相はといえば、

  『…あまり触られたくなくてな。』

 自分でさえ、手を髪を、試合から離れたところで触っても怯えられなくなるまでには相当かかったのにと思うと、
「…つい、ですか。」
 こくりと頷いて説明終わりとして下さったのが、子供たちが集会場へと集められ、ゲームなどを始めた、小一時間後の進さんのお部屋にて。
「…えっと。//////////
 人の(厳密にはセナの)思うところは酌んで下さるようになったものの、突拍子もないところはあんまり変わってないような。お膝を突き合わせての差し向かいから、ぱふりと懐ろへ掻い込まれ。いい匂いと温かさに嬉しいドキドキを抱えつつも、

  “喜んでいいのかな、これ。”

 微妙なところです、セナくんとしては。
(苦笑)





  〜Fine〜  07.1.05.


  *お久し振りの進セナがこれです。
   新年早々、何やってる人たちなんだかですね。
(苦笑)
   アンソロジーへのご感想とかいただきますもので、
   ありがとうございますの感謝を込めて、
   ………何を書いているのやら。
(爆)


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